1)ベキタイルー数Xn の具象化ー この公開授業後の反省会では、「少なくとも1、2時間はかけないと出 来ない、高校生を悩ませる2次式のタスキ掛けによる因数分解を、10数 分で全員の生徒が出来るようになったベキタイルなるものには驚いた」と いうのが参加教師達の異口同音の声であった。 具象的イメ―ジが思い浮かばない文字や式、意味も解らないその計算、 これが中・高校生ばかりか、人を悩ませ、数学の前で立ち竦ませる原因の 主たるものです。したがって、これは数学教育の改革課題ですが、プロロー グで引用した、現代数学に貢献の多い数学者フオン・ノイマンが、現代数 学のあり方に警鐘を鳴らしていた課題とも符号するわけです。 ベキタイル、それは、人を悩ませ、数学の前で立ち竦ませる、文字・式 とその計算に、第1節の因数分解のように、具体的イメ―ジを与えること を第一の目的に、これに加えて、以下にしばしば紹介する、様々な数学的 かつ教育的意図を込め、私が1974年に開発した教育モデルの最初のも ので、中学・高校の数学の随所で使われる 数Xn(n=1のとき数X、n=2のとき数 X2、以下同様) の持つ乗除的側面を下図のようにタイル状に具象化したものです。 これを作ることを通し、例えば、 X×X=X2 や X1×X2=X3 など、一般に Xm×Xn=Xm+n と表わされるベキ構造を理解し、冒頭の2次式 2X2+7X+3のタイル 抽出のようにそれを複数個「合せる」ことによって、一元高次式(一元多 項式とか整式ともいう)がベキタイルの面積という具体量で表現され、ま た、これをくっつけたり、離したりすることによって、式の加減が、式 で表現されたタイルの面積の加減として再現される。 こうして、ベキタイルの操作は、乗除と加減の絡まりをその本質とする 一元多項式の計算と一対を成すものとなり、公開授業の再現で見たように、 あたかも中・高校生の学ぶ数学とかかわり深い高次式(1次式を線形とい うのに対して非線形ともいう)の計算ツールのような役割を果たすことに なった。 生徒は言う、「感激だ! 計算は何でも解けるようになった。しかも楽 しい」と。また、私のベキタイルの実践を知った、見知らぬ他郷の人の実 践の試みでも生徒は言います、「中学生までわからないまま進み、数学と いうものが嫌いだった。だが、高校に入って、ベキタイルを使いはじめて から数学が分かりはじめた。また数学が楽しくなった。中学校からすれば 数学嫌いも少なくなるのでは」(教研報告・宮崎高)と。 私が、ベキタイルを考案しなければならなかったきっかけも、文字・式 とその計算の間違いや下図教科書流の因数分解の「タスキ掛け」の方法に 対する生徒たちの躓きや多くの疑問に答えるためでした。 この計算での躓きや疑問を要約すると その1。Xの2乗の係数と定数項を素因数分解する理由。特に2×1と 1×4の1はどこから出てくるのか。 その2。Xの2乗の係数の計算の次に、Xの係数の計算をせず、定数項の 計算をする理由。 その3。タスキに掛ける理由。 その4。Xの2乗の係数と定数項は2×1と1×4と掛けるのに、なぜX の係数だけ1+8と加えるのか。 その5。答えをタスキに掛けたもの同士の(2X+4)(X+1)としてはな ぜいけないのか。 などです。 それまで10年ばかり勤務してきた、地方の普通科2高校でも、同じ疑 問や躓きをした生徒は少しはいた。しかしこの公開授業をした農業高校転 勤数日間の文字・式計算の間違い、例えば X2=2Xという躓きをはじめ、5X−X=5、X2+X3=X5 等々の多さに加え、因数分解の学習に入った途端の多くの生徒の上記要約 の躓きや疑問がベキタイル考案を余儀なくさせたわけです。 教科書は乗法公式 (ax+b)(cx+d)=acX2+(ad+bc)X+bd の逆の簡便算として「タスキ」 a b ー bc 掛けの方法を導入し、それに当 c d ー ad てはめて問題を解かすというも ac bd ad+bc のです。 これでは4X2+10X+6のように2×2とか2×3あるいは3×2なら まだしも2X2+9X+4の係数計算の2×1とか1×4は気付かなくても 無理はありません。 ベキタイルによる因数分解なら、こうした疑問や躓きも感嘆「Aha!」 を伴って雲散霧消することになります。 最初、バラバラのタイルの面積と、面積の等しい長方形づくりは試行錯 誤的ですが、適度の「タイル遊び」の末、生徒達の多くは、全部のタイル を動かさなくても、X2 タイルとXタイルだけで長方形ができるか否かが 分かるようになります。 以降の過程をスローモーションで表現すると以下のようになります。 こうして「タスキ」掛けの筆算形式の意味は理解されることになる。