人間が社会的に意味のある情報(メッセージ)を他人に伝えたり、あるいは他人から受け取るときに、その情報を媒介
するもの、それがメディア。
人間の頭脳に存在する「社会的に意味のある情報」である表象や思想や意図は、何らかの媒体がなければ他の人に伝え
られない。
太古の昔から存在する自然的な媒体としては
音声や手足を使った身ぶりや表情もそうであった。その後、文字や絵などに発展した。
それらを運ぶ空気や光や紙やキャンバスなど
もメディアであった。これらを総称して私は アナログ・メディア とする。
ところが、今日では、文明の利器としての
印刷物や電波であったり、それらを機械的に処理した新聞、書籍、ラジオ、
電話、テレビ、映画、コンピュータ
等々の仕掛けが、社会の中で占める位置づけが大きくなってきたために、私が総称する アナログ・メディア
自然的な媒体である手足や空気や光など
は、総じてメディアという言葉に相応しくないように思われがち。しかし、れっきとしたメディアである。それは、なに
よりも現代の デジタル・メディア もそれから発展したという意味でもこの原初的な自然的な媒体を大切に位置づける
べきである。
メディアのこうした性格を見るとそれらの悉くが「教育活動の対象」であったと言って差し支えないだろう。さらに、
メディアをつぶさに見ると、区別されて呼ぶのが相応しい2種類に分けられ、「メディア・コンテンツ」と「メディア・
ビーグル」と呼ばれて区別されてきた経緯がある。
| メディア・コンテンツ | 内容としての情報(メッセージ)を伝える媒体 ある絵画や彫刻や新聞や書籍や映画などで、いずれも、メッセージとしての一定 の意図をもってその形(形式)が作られるものである。 その全体に一つの社会的な意味(思想)があるような媒体を作り出す作業は 「創作」とか「製作」 と呼ばれることが多い。 |
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| メディア・ピーグル | 情報(メッセージ)を運ぶための媒体(乗り物) 音声を運ぶ空気や、文字や絵を表現する紙、人の感情を人体で表現する手や顔や 胴や足などは自然的なビーグル。信号を運ぶ電波や回線、あるいはその端末装置で あるラジオ、電話、ステレオ、コンピュータやインターネットもビーグルである。 コンテンツとの違いは、その形(形式)が情報メッセージとしての一定の意図と は無関係であることにある。 |
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| 項 目 | アナログ・メディア | デジタル・メディア | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| メディア・コンテンツ | 絵画,彫刻,新聞,映画など | デジタルな絵画,本,映画など | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| メディア・ピーグル | 紙,手,顔,足,ラジオ,電話,ステレオなど | Computer,Internetなど |

コンピュータネットワークは、僕ら個人個人を孤立させ、僕らに実体験とc・ストールがその著「インターネットは空っぽの洞窟」で指摘し警鐘を鳴らした
を見くびらせ、僕らの読み書き能力を低下させ、僕らの学校や図書館の
存在を危うくする
0と1のデジタル(数値)情報に還元するデジタルな融合のテクノロジーで
あり、このデジタル情報を自由自在に計算したり、加工することによって、アナログ
的には不可能であった、新たな対話性・双方向性の実現を可能にしたことにある。
この視点に立って、アナログ情報を融合するテクノロジーである映画やテレビを見
た時、そのメディアは、受け手をおとなしく鑑賞させるだけの、単交通を“主とした”
ものでしかなかったのである。
これがコンピュータやインターネットの謳い文句であるマルチメディア性、対話性・
双方向性の内実であって、問題はそれがケイの言う、「コミュニケーション・アンプ
リファイア〜増幅器〜」としての機能を十分に果たしていると見るか否かよってデジ
タル・コミュニケーションへの取組み姿勢は変わってくるのである。
例えば、コンピュータをお仕着せのソフト利用だけで良しとしたり、インターネッ
トによる諸外国の小学校との交信で「国際化教育」や「情報教育」を行っていると思っ
たりすることなどに現れる。
●アナログとデジタルをつなぐ数“π”
πは乱数だろうか?
πの数字を見てください。
どのケタから順に読んでいつてもけっこうです。デタラメに数字が並んでいるようですね。このようにデタラメに並んで
いる数を「乱数」と呼びます。
もう少し詳しく説明しますと、数字がいくつか続いたとき、その次に出る数がこれまでの数に影響されない数の並びの
ことです。
乱数はサイコロを振つたとき出る目の数や、ルーレットをまわしたとき出る数を記録していくと現れます。(ただし、
いかさまギャンブルの世界のサイコロ、ルーレットは別としましよう。)サイコロを何回も振るとき、前に出た目が何で
あろうと次に出る目には関係しませんね。
サイコロの場合1から6の数字に限られてしまいます。0から9までの数字で乱数を出そうとしたら、袋の中に0、1、2、3
……、9と書いた合計十個の球を入れておいて、取り出し、またもとにもどすことを何回もくり返すことにします。
πが乱数かどうかを決定する理論はいまのところありません。
実際に計算してみなければなりません。πは乱数らしいとはわかっていますが、ケタ数を十億、二十億…とのばしていった
ときはどうでしょう?
実験科学的に興味をそそられます。
また、1/π、π2、√π、π/√2、√2π……といった多くの数列についても乱数かどうか詳しく調べたいと思っています。
πの乱数としての利用法
もしπが乱数であれば,選挙予想でのサンプリングや最近盛んなスーパーコンピューターによるシミュレーション(模擬
実験,60ページ)などに使えそうです。コンピューターによるシミュレーションでは非常に多くのケタ数の乱数が必要で
す。πは無限に続くので乱数としてとても適しています。たとえ古土100万個の乱数があっても,スーパーコンピューター
なら1毛に100万回ぐらい計算してしまいますから,たった1秒しか卓ちません。今後πがもっと先まで計算され,良い乱数
であることがわかれば利用範囲も拡がるでしょう。
πをシミュレーションに使う
物理現象のシミュレーション(60ページ参照)に乱数が使われる場合があります。この乱数にπを使ったらどうでしょう
か?
シミュレーションした結果が理論で予想される結果と一致すれば,πは実用になる良い乱数とみてよいのではないでしょう
か。このような考え方を「乱数かどうかを判定するための新しい方法」として提案しています。 ・
理論から導かれる結果をヘリコプターで山の頂上へいっきに登ることにたとえると,シミュレーションは一歩一歩道なき
道を通って頂上へ行くことになります。
その一歩一歩登っていく道すじが正しければ,ちゃんと頂上へ到達するはずです。その一歩一歩に乱数を利用することが
あるのです。良い乱数であれば頂上へ行けますが,良い乱数でなければ頂上へは行けません。ですからちゃんと頂上へたど
りつかせてくれる乱数は「良い乱数」,そうでない乱数は「悪い乱数」と判断するのです。
実際にシミュレーションに使う乱数としてπを利用したことがあります。その結果からもπは良い乱数といえます。
(金田康生『πのはなし』1997東京図書)