高等学校「数学」の基礎・基本と学力評価基準

   指導要領からは見えない基礎・基本と数学的活動の内実

 教育課程審議会答申にも学習指導要領(以下、指導要領)にも、明確な定

義のない「基礎・基本」という用語が、脚光を浴びている。

 その問題点の検討は他稿に譲り、ここでは、指導要領からは見えない「基

礎・基本」の実体と、目標の改善で唱われた「数学的活動を通して創造性の

基礎を培う」にいう「数学的活動」が何を言わんとしているのかという二つ

を、算数・数学の基礎学力(「基礎・基本」と同義)とは何かが検討され、

そのための「枠組み」(この中に数学過程も内容としてある)が提案されて

いる国立教育政策研究所(当時、国立教育研究所)の「算数・数学の基礎学

力調査研究」などの検討を通じ現場における指導に供したい。

指導要領「数学」の背後にある学力観

 この調査は、1991-92年に、全国10地域の小6、中2、高1各1000名前後、

および教師99名を対象にして行われたものであり、子どもには、算数・数学

問題と態度質問紙が与えられ、その結果の分析が行われた。この研究では、

算数・数学の基礎学力を次のように定義する。「学校及び社会において事象

を数学的に処理するのに必要不可欠で、しかも、新しいことに対処できるよ

うな発展性を包含している力」と。また、この定義を具体的・操作的にとら

えるため、次のような「3 次元の枠組み」が作られている。

(1)第1の次元:行動類型

 「行動類型」とは、算数・数学の教育目標を行動化して類型化したもので

あり、認知・技能・情意の3つの面、あわせて5つの行動類型からなる。

 ?認知面

 *知識:意味がわかっていて、必要に応じて適用できるように記憶されて

  いる内容(記号・用語の知識、計算手続きの知識など)

 *理解:全体と部分の関係や従属関係など、個々の内容の背後にある内部

  的な関係を把握した状態(意味・概念・原理・法則の理解など)

 *思考:新しい問題場面において、既有の知識・原理を使ってこれを解決

  したり、解釈したりする能力(問題や性質の発見・解釈など)

 ?技能面

 *技能:知識・理解が一定の目的を達するのにうまく適合するように形式

  化された行動様式(計算技能、作図技能など)

 ?情意面

 *態度:見方や考え方の傾向であって、自分の行動に対して指示力をもつ

  情意的側面(統合的・発展的な見方をもとうとすることなど)

(2)第2の次元:数学内容

 「数学内容」は、文字通り、算数・数学の内容についての次元であり、小・中・高一貫して包括的にとらえるために、次の3つに分類されている。

 ?数式的内容:数、計算、式、代数

 ?図形的内容:図形、図形と計量、解析幾何、三角比

 ?関係的内容:集合、測定、比・比例、関数、確率、統計 

(3)第3の次元:数学過程

 算数・数学を自然や社会と結びつけ、また数学的活動を生成的にとらえる

ために、数学の静的な成果である内容だけでなく、数学の動的な過程に目を

向けて作られたのが「数学過程」の次元であり、以下の3段階からなる。

 ?数学化:事象を数学的構造に乗せる過程(文字表現、演算決定など)

 ?数学的処理:数学的構造のもとで数学的操作を施す場面(計算や証明、

  公理化など)

 ?数学的検証:数学的処理の妥当性を確かめる場面(解の吟味、解とデー

  タのつき合わせなど)

 私は、この「3次元の枠組み」が、指導要領「算数・数学」の「基礎・基

本」の実体を語り、学力評価基準も規定する学力構造モデルとみる。

国研の学力構造モデルの積極面2点 

 このモデルは幾つかの点で、従来の日本の学力観に問題を提起している。

 その一つは、基礎学力を「発展性を包含している能力」とすることによっ

て、「基礎・基本」と「応用・発展」を連続的にとらえている点である。こ

の点に関して、研究グループの中心的メンバーであった長崎榮三は、次のよ

うに述べている。「算数・数学をつくりだす力と、これを通して学ぶ数学内

容と合わせて、これからの算数・数学の基礎・基本と考えたい。後の応用や

発展は、このような力を基礎・基本として身につけていてこそ可能になるの

である」。このモデルは、最も採用される可能性の高い「基礎・基本」の指

導の図式〜反復練習を通じて「確実に定着」させ、「全員が百点」を取れる

ようにすることで、達成感を味わわせ、さらなる学習への意欲をかきたたせ

る〜とは異質である。二つ目は、数学化→数学的処理→数学的検証という数

学過程を提示し、反復練習とは別の「基礎・基本」の指導方法を示唆してい

る。この数学過程のアイデアそのものは、私が本書 §3-3で記した「数学活

動のサイクル」(以下、活動サイクル)の教育版に過ぎないが、数学を現実

世界と分離したものとしてとらえる傾向(§3-3では「理論と実際の分離」

とした)の強かったこれまでの教育用「数学」に対する大きな問題提起である。指導要領「数学」の内容の授業用教科書もまた、上記「基礎・基本」の

指導の図式に終始するようにしかなっていない。

    数学の生命である創造的、直観的プロセスを体験させる

 指導要領解説で、「各科目の『2 内容』の大項目ごとに、数学の内容を通

して習得してほしい数学的な資質・能力などを文章で表現した」としている

が、文章で表現できても、そのような資質・能力が養われる保証はない。必

要なのは、各科目の大項目ごとに、下記引用のクラインが言うように、「活

動サイクル」で編んだ教材配置と実体験である。(例えば、推定と検定なら

ば、「紙テープで製品自作→ランダムサンプル抽出→諸代表値計算→母集団

代表値推定→検定」と一連の行動を生徒にさせ、その行動を評価する。私は、

この一連の行動を評価するために4時間かけて試験をした。)本書§3-3 に

おいて、「総合的な学習の時間」の発想に縛られないで、数学教育における

「形式主義」「理論と実際の分離」の克服に「活動サイクル」と「数学=パ

ターンの科学」という視点から教育課程を編むのを勧めた理由である。

 ところで、「 3次元の枠組み」のうち、第 1の次元:行動類型、特に、認

知面は、本来的に「活動サイクル」の行為の中にある。このことを、「数学

する」ことに携わる世界の数学者に語ってもらおう。例えば、「発見を教え

ることは決して簡単な仕事ではありません。それは学生に、直観を使い、当

て推量や試行錯誤、知った結果の一般化、知っている結果との関連づけ、代

数的な命題に幾何学的な意味をつけること、測定、その他数多くの工夫をす

ることを求めます。・・・数学を作りあげる努力している方が、洗練された

定理や証明を学習することを求められるときよりはずっと自信をもつもので

す。」(M.クライン)。活動サイクルは何も現実世界からスタートするだけ

ではない。抽象数学を具体的に「表現」する(現代では「シミュレーション

の方法」という)ことから始める場合もある。数学者で、これを意識して初

めて、系統化したV.ノイマンは、つぎのように語っている。「或る数学的学

問が経験的源泉から遠ざかるにつれ、ましてそれが『現実』から生まれた想

念の息吹を間接にしか受けない第2代、第3代のものになってくると、その

周辺には重大な危険がまとわりつく。・・・そして一度この段階に達すると、

・・・その治療の方法は源泉に立ち返って・・・経験的想念を大なり小なり

直接に再注入すること、これ以外にはないように思われる」と。

この二つの引用からも、総体としての数学行動そのものやシミュレーショ

ン思考の教育が意義深いことが分る。ところが、行動類型は、行為の総体を

敢えてバラバラに分割して学力規定しようとする。この次元は数学過程に吸

収し、総体としての科学的思考力を養うことをめざすべきである。

関連する図表・資料等

1)松下佳代『算数・数学の学力と「基礎・基本」』(STUDYNo.25,2001)

  引用のつぎの各資料。国立教育研究所『児童・生徒の基礎学力の形成と指導方法との

  関連に関する総合的研究』(『国立教育研究所紀要』第123集1994)。国立教育研

  究所数学教育研究室『算数・数学の基礎学力を考える』1996。長崎榮三 「算数・数

  学をつくりだす力を育てる」『現代教育科学』492号、1997。

3)数学教育におけるシミュレーション活動のサイクル

    表現

現実モデル ← 数学問題・理論

実 験 ↓   ↓ 方 法

解  決  →  数学解

   解釈

銀林浩『数学の構造と認識の構造』(柴田義松他編『授業と教材研究』有斐閣1980

所収)

4)M.クライン『数学教育現代化の失敗』(黎明書房1976)

5)A.サボー『数学的知識の歴史的成長』(『数学のあけぼの』東京図書1976所収)