オリエンテーリングと4枚のコイン投げの数学
 
   数学の生命はそれが創造的、直観的プロセスであることである。
    ここでは、現実の問題から着想や暗示を引き出し、適切な概念を
    理想化し、形式化し、問題を提起し、可能な結論を直観的に引き
    出し、それからその直観的な議論を演繹的に証明していく。その
    直観と構成が数学を推進する力である。完成された抽象的な厳密
    な数学を提示することではない。          モーリス・クライン
 
 第1章2節の札幌の街中オリエンテーリングは、街路を抽象化した「格
子」をモデルに、紙上シミュレートすることで、実際の札幌の街中をオリ
エンテーリングする必要はなくなった。
 しかし、実は、以下のように考えると、格子上でのオリエンテーリング
すら行わなくても予測できる。

【オリエンテーリングを数学する】
 まず、札幌駅に降り立ち駅前の交差点Oに行く路は1つしかないので、
選択の余地はなく1通り。はじめの交差点Oからは2つの路のどちらかを
選ばなければならなくなり、左手の路に入るか、右手の路に入るかのどち
らかで、それらの可能性を1、1と書く。
つぎの段の交差点C、D、Eに来ると、          1          スタート
これまで左の路を選んだ者だけが左の路         1 1        1段目
に、右の路を選んできた者だけが右の路       1  2  1      2段目
に入ることができ、その可能性はそれぞ      ( )( ) ( ) ( )    3段目
れ1。交差点Bに入るには2つの可能性    ( ) ( )(  )( ) ( )  4段目
があり、最初に左を選んだ人が今度は右
と選ぶか、あるいは最初に右を選んだ人が今度は左を選ぶかの2つだから、
この交差点での可能性を1、2、1と書く。この数列は交差点C、D、E
にそれぞれ何種類の路を通って到達できるかを示していると同時に、交差
点を通過する生徒の人数比も表わす。
 この2段目の可能性の総数は、1+2+1=4=22と表現できる。    

例 題  4段目の交差点J、K、L、M、Nに対するすべての可能性を数
   列で表わすとどうなるか。また、その可能性の総数を求めよ。

 交差点Jを通過する人の比率は最初から4段目までの左端を通る時を意
味するから、                  
1×(0.5)×(0.5)×(0.5)×(0.5)=6.25%
 人数は参加者40名だから               O
  6.25×40÷100=2.5               A  B
つまり、2、3名を意味する                     C   D  E
 Kを通過する人の比率を求めるには、各    F   G  H   I
段の交差点を                               J   K   L  M  N
  (ア) 左・左・左・右
  (イ) 左・左・右・左                          交差点の付号
  (ウ) 左・右・左・左
  (エ) 右・左・左・左
というどれか一つの経路をたどらなければならないから、例えば (ア)の経
路をたどる確率は、左右の分かれ方の確率が同じ 0.5なので、Jと同様6.25%。 
 他の三つの経路についても同じ値になるから、結局求める比率は、
   6.25%×4=25%
のように求めら、同様に人数計算すると10名である。
 残る三つの交差点の場合も同じように求めると
  (J) 1×(0.5)4       = 6.25%  人数2、3名
  (K) 4×(0.5)3 ×(0.5)1 =25   %  人数10名
  (L) 6×(0.5)2 ×(0.5)2 =37.5 %  人数15名
  (M) 4×(0.5)1 ×(0.5)3 =24   %  人数10名
  (N) 1×     (0.5)4= 6.25%  人数2、3名

【4枚のコイン投げを数学する】
  4枚のコイン投げの実験では、起こりうる結果は下記の16通りある。
上の数字はコイン番号、左端は結果のカウント数を表わす。
 しかし、これを表の枚数が幾つかという結果でみれば、0から4枚まで
の5通りしかなく、4枚すべてが「表」というのは1111、オリエンテー
リングの1111は、交差点Oから出発して、すべて右の路を選んだこと
を意味するから交差点Nの通過を考えるのと同じであり、3枚が「表」と
は交差点Mの通過を考えることと同じことが分かる。
  各ケースの起こりうる確率の値は右端の列に示した。オリエンテーリン
グと4枚のコイン投げの二つの実験での確率的からくりは同一ということ
が数値的にも分かる。

      1234  表の数       確 率
    1  1111   4   1×(0.5)4      = 6.25%
    2  1110   3   4×(0.5)3 ×(0.5)1 =25   %
    3  1101 
    4  1011 
    5  0111                
    6  1100   2   6×(0.5)2×(0.5)2 =37.5 %
    7  1010
    8  0110
    9  1001
   10 0101
   11  0011
   12  1000   1   4×(0.5)3×(0.5)1 =25   %
   13  0100
   14  0010
   15  0001
   16  0000   0   1×    (0.5)4 = 6.25% 

6)一般化と拡張 ーパスカルの三角形 組合せ−
 最後に、ホワイトヘッドやガリレイが感嘆していた、ときとしていかな
る経験的源泉からも可能な限り離れてしまうその大胆な抽象性でもって、
直接的経験も教えてくれぬ何ものかを先取りする「数学の力」、というこ
とについて、スケールは小さいが一例を挙げておこう。
  先の例題、オリエンテーリングの紙上シミュレートをイメージに作られ
た数列(下図左)は、「パスカルの三角形」として知られているもので、
格子の代わりにこれを使っていろいろな問題が解けるばかりか、格子のイ
メージとまったく無縁に新しい数学が展開されることにもなる。

        1           (x+y)0=       1                        
      1 1         (x+y)1=      x+y             
     1  2  1       (x+y)2=     x2+2xy+y2           
    1 3  3  1     (x+y)3=  x3+3x2y+3xy2+y3          
    1  4 6  4  1   (x+y)4=x4+4x3y+6x2y2+4xy3+y4     
    1  5  10 10  5 1   
 
       パスカルの三角形                  二項式の展開
                    
 例えば、本節第1項の「二項式x+yの4乗の展開式」(上図右)の各
項の係数と、このパスカルの三角形の各項の数列は対応する。したがって
2項式 (x+y)5の展開式はつぎのようになる。
      (x+y)5=x5+5x4y+10x32+10x23+5xy4+y5
 読者の方々もつぎの問題に答えて頂きたい。

問 題 パスカルの三角形の6段目の数列あるいは2項式(x+y)6を展
   開せよ。また、パスカルの三角形で11段目の左から5つ目の数列
   の値を求めるにはどうすればよいだろうか。           

 この問題の前半に答えるには、パスカルの三角形の5段目までの数列か
ら法則性を発見し6段目を求めなければなりません。どのような法則性が
あるでしょうか。また、後半は6段目のように、発見した法則を次々に適
用して求めていけなくもありませんが、そんな悠長なことをしていたので
は非合理的です。次の例題のように計算します。

例 題 「6人から4人の役員を選ぶ方法は何通りあるか?」、「同一直
   線上にない6点の4点を結んでできる四角形は何通りあるか?」な
   どは、組合せ論の初等的問題で一般的には「異なる6つから4つと
   る組合せは何通り?」ということになる。
 いずれも
      64=(6×5×4×3)/(4×3×2×1)=15
と計算します。この数学記号64のCは組合せの英訳 combinationの頭文
字をとったもの。
 この組合せの数学記号 64、つまり6つから4つとる組合せというこ
とをオリエンテーリングの交差点で言うと、4つを「選ぶ」、2つは「選
ばない」ことを意味します。これを交差点でいうと、どこの交差点でも4
つの交差点で右、残る2つで左、あるいは、4つの交差点で左、残る2つ
で右へ行くということです。その一つとして、読者から見て、最初のスター
トから左左左左右右を例にとって、直接、パスカルの三角形を使って数列
を辿ると、1、1、1、1、5、15となることが分かります。また、読者
から見て、最初のスタートから右左左右左左をとると、数列は、1、2、
3、6、10、15となります。この最後の15という値は、スタートから4つ
を「選ぶ」、2つは「選ばない」という道順をとると、どこの交差点を通っ
てもこの値に辿り着くことを意味します。また、同じ6段目の左から3番
目の値15は、2つを「選ぶ」、4つは「選ばない」ことを意味する組合せ
62を表わします。したがって、6462が成り立ち、こうしてパスカ
ルの三角形は、下図右の組合せの数学記号に置き換えてもよいことになり
ます。

        1                             0C0 
      1 1                        1C0  1C1
     1  2  1                    2C0  2C1 2C2
    1 3  3  1               3C0  3C1  3C2 3C3  
   1  4 6  4  1            4C0  4C1  4C2 4C3 4C4
   1  5  10 10  5 1       50  51  52  53 54 55 
 1  6  15  20 15 6 1   60 61 62  63 64 65 66

先の問題の後半は、この組合せ114の値を求めればよいことになり、その
計算と値は
      114=(11×10×9×8)/(4×3×2×1)=330
なります。
 また、問題の前半、パスカルの三角形の5段目までの数列から6段目を
求める法則性とはどういうことでしょうか。
 一般に、「異なるn個のものからr個とって組合せる」数は
            nCr=n!/r!(n-r)!
で求まる。ここで数学記号n!や(n-r)!は次の計算を意味し、記号!は階乗
と読む。   n!=n×(n-1)×(n-2)×・・・×3×2×1
              (n-r)!=(n-r)×(n-r-1)×・・・×3×2×1
 この組合せnCrにおいてnCkとnCk+1の値の和nCk+nCk+1
を、上の定義にしたがって計算すると
 
nCk+nCk+1=〔n!/k!(n-k)!〕+〔n!/(k+1)!(n-k-1)!〕
   =n!/〔k(k-1)×・・・×3×2×1〕〔(n-k)(n-k-1)×・・・×3×2×1〕
   +n!/〔(k+1)k×・・・×2×1〕〔(n-k-1)(n-k-2)×・・・×3×2×1〕
 =(k+1)n!/〔(k+1)k(k-1)×・・・×2×1〕〔(n-k)(n-k-1)×・・・×2×1〕
   +(n-k)n!/〔(k+1)k×・・・×2×1〕〔(n-k)(n-k-1)×・・・×2×1〕
 =(k+1)n!/(k+1)!(n-k)!+(n-k)n!/(k+1)!(n-k)!
  =〔(k+1)+(n-k)〕n!/(k+1)!(n-k)!=n!(n+1)/(k+1)!(n-k)!
  =(n+1)!/(k+1)!(n-k)!=(n+1)!/(k+1)!〔(n+1)-(k+1)〕!
 =n+1Ck+1 (k=0,1,2,・・・,n)
となる。すなわち、二項係数の相互関係
     nCk+nCk+1=n+1Ck+1 (k=0,1,2,・・・,n)
が導かれます。
 この関係式がどういうことを意味するのかといいいますと(n+1)段目の
第 (k+1)項の値はn段目の第k項と第 (k+1)項の組合せの和に等しい、と
いうことであり、これはパスカルの三角形の構造を決めるもので、両端の
1の内側の各数はその前段の隣り合う2数の和で求まる、ということを意
味します。このことは第5段までの数列を見れば経験的にも確認できます。
つまり、式はパスカルの三角形の構造を決めるわけです。
 この発見した法則を適用すれば、6段目の数列の値は、6Cr を一つ一
つ計算するより合理的なことは明らかでしょう。 

 ここでは、パスカルの三角形が自然に獲得でき、二項分布に結びつく、
ゲーム・実験から入ったため、成功の確率が 0.5のものを採用したが、
例えば正解一つの3択テストや3択クイズを素材にすると 
   nCr(1/3)r(2/3)1-r  (r=0、1、2・・・)  
という一般的な形
       nCrprq1-r  (r=0、1、2、3、・・・,p+q=1)
の二項分布の学びを組織できることになります。
 パスカルの三角形の数列の一つ一つはこの係数nCrを意味し、(p+
q)nという2項式の展開式の各項の係数を表わしていることから2項係数
と呼ぶ。                 
 先の二項分布で、実験回数nが大きくなると、確率の値を正確に求める
ことが困難になる。非常に大きな値と非常に小さな値の掛け算になるから
である。これをどう解決するかが課題となる。そしてこれを解決するのが
正規分布曲線を用いることであることを明らかにしたのが、ド・モアブル、
ついでラプラス、さらにガウスという数学者たちでした。  
 また、この二項分布の極限n→∞として、ポアソン分布がでてくる。
 どのような変わり種の確率分布も、本質的にはこの二項分布の変形にす
ぎないといわれていることから、「すべての確率分布を理解する鍵である」
と言われる程に実際的にも理論的にも重要な確率分布なのです。       

調査 若い人たちの間にはアルフィーの熱烈なファン(これをアル中と称
  する)が多い。わが(  )高校3年 組のアル中度を調べて見よう。
    アルフィーの[好き・嫌い]を尋るから挙手して下さい。
    どちらでもないという人も[どちらかと言うと(好き・嫌い)]と
  いう判断をして[好き・嫌い]のどちらかを選んで下さい。
       アルフィー[好き]  人 ;[嫌い]  人

集計               (   )高のアル中度調査結果
   生徒45名中14名が″好き″で
  31名が″嫌い″でした。          好き 嫌い
   今、″好き″を[1]、″嫌     符         計   
  い″を[0]と符号化して、頻     号    1    0 
  数(f )分布表、相対頻度(p )分
  布表を作ると右のようになる。   頻度f  14  31  45  
   この学級の生徒のうち、14人   % p  31   69  100
  が″好き″であるから、その比
  率pは、14/45=0.31。″好き″であって同時に″嫌い″であるという
  ことは起こらない(排反な事象)から、″嫌い″の比率qは、
   q=1−P=1−14/45=31/45=0.69 となり、表のようになる。
問題  今、45人の生徒からデタラメに4人の生徒を選んだとき、[好き・
  好き・嫌い・嫌い]という生徒がこの順序(符号で書くと1100)
   選びだされたと仮定してみよう。こういうことは4人の生徒を多数回
    繰り返して選んだ場合どれくらいの割合で生じるであろうか。
    いいかえれば、このクラスからデタラメに4人の生徒を選び出し、
  選んだ順序どおりにその型を記録しておく。つぎにまた、デタラメに
    4人を選び、その型を記録しておく。このようなことを多数回繰り返
    した場合、1100という型の相対頻度はどれくらいになるだろうか。
   カード(「1」14枚、「0」31枚)あるいは、4枚のコインで実験し、    
    記録・計算して見よう。
              クラスの度数    比率   
   ア)4人とも嫌い  (     ) (     )     
    イ)1人が好き   (     ) (     )
   ウ)2人が好き   (     )  (     )
   エ)3人が好き   (     ) (     )
   オ)4人とも好き  (     ) (     )
 
   同じ実験を何回も繰り返した、1人1回(計45回)と合計150回分
  の度数(f)分布と比率(p)の一例を参考データにあげると下記
  の通りです。

          0   1   2   3    4
      f   11  19  10   4    1    45
     p     .24     .42     .22     .09      .02
     f  33  62  43  10    2   150
     p     .22     .41     .29     .07      .01