アクセス解析
カウンター
数学教育協議会『数学教室』(国土社刊)08.2月号
特集『全国学力テスト』をめぐって・総論2(デジタル版)
****<閲覧に来て頂いた方へ>失礼ながらまだ作業中です。>****   
<本デジタル稿は、雑誌『数学教室』(国土社刊・数学教育協議会編)08.2月号特集 「全国学力テストをめぐって」の拙稿の草稿です。雑誌には、紙数の関係で MindMap については数点の図示しかできず、その積極性や評価できる点が見え ない欠点があり本 Web サイトで少し補った。しかし本来 Web へのアップには なじまないオフラインで発想するためのソフトでまだ表示が上手く出来ない部 分もある。「作業中」の所以です。これをご承知の上ご覧いただきたい。 また、閲覧者各自のPC上で実際に利用してみることをお勧めします。 MindMapを実際に使ってみたい方にGNUソフト(無料) をご案内しておきます。進化し続けています。お勧めはβ版ですが最新Ver 0.9.0-15です。>
  

「競い合せ」世界一回復めざす日本流、          その視野の狭さは国際標準からますます遠のく

1)PISAで少しは変わったがその理念は正しく生かされていない  PISA2003の報告を見た私は、日本の現行教育に一定程度“黒船”の 役割を果すと予想し、それが持つ問題点(後述)は当面不問に宣伝に努めた。  私の予想は文科省の一連の動きとなって現れた。05年10月の「読解力を 全教科で」という方針転換をはじめ、「言葉の力」をキーワードにした指導要 領改訂の一連の動き、06年12月に行った07年4月の全国学力テストの予 備調査、そして今回の「算数・数学の読解力」対策の範疇に入るとは思えない 算数・数学 B 問題であった。 しかし、「競い合せ世界一回復をめざす」(PISA2003結果報道翌日の 中山文相発言)という近視眼的発想を基調とする全国学テは、予想的中と喜べ ないほどにPISAの本旨からずれた「学力」問題に押しとどめたもの。  現実に直面した問題にどの学んだ知識・技能を使うかを自分で判断すること をはじめ、下 Map の4領域のリテラシーの醸成を通じ、子どもたちが「世界へ の扉」を開くことを支援する本旨を見失ったものという感を禁じえない。
PISAのリテラシー概念 ここでは本質を損なわず実践する方向をPISA超えも視野に考えたい。  「PISAのリテラシー概念」の全容を俯瞰する図をクリックするとさらに 展開した図が閲覧出来る(この図ももっと続くのですが切ってあります)。こ れは MindMap と呼ばれているノート法もしくは思考法といわれています。  PISA2000/2003年「読解力」No.1のフィンランド政府が、「これは統合学習 のおかげ」だと公表しました。日本では「総合学習」賛成の学者たちが我田引 水的に紹介している場合もありましたが、その実態は明らかにされてきません でした。この統合学習の「核」は、小学校4年生から「カルタ」と称して行う 「発想力」養成にあり、これを基に熟考させる中で、論理力、表現力、自己批 判力を鍛え、コミュニケーション力を培っていくというものでした。この様子 は下の Map から窺い知ることができます。   フィンランド・メソッド この「カルタ」は MindMap の教育版だという。この Map の起源はダ・ヴィン チということから daVinci Map とも呼ばれ、脳の働きを最も自然に近い形で表 現するノート法・思考法といわれて、アインシュタインやピカソ、エジソンた ちが使っていたといわれるように、古くからさまざまな名称で使われてきまし た。  Clustering,Spidering,Webbing,Mind maping,Branching,Diagraming 単に Maping とも呼ばれています。 現在世界で2億5千万人以上に使われている MindMap は、この daVinci Map を 英国のトニー・プザンが大衆化に成功したといわれ、日本の企業の新入社員研修 でもようやく採用が増えてきているという。“ようやく”と表現したのには理由 があって、フィンランドのカルタは前記のように小学校中学年から使わせるので 日本の新入社員教育の対象者を大卒とすれば10歳の開きがあるということにな る。また帰国子女や留学生たちの話を総合すれば、一律実施でないことや実施年 齢差などはあるにしても、中国や韓国を含めドイツ、アメリカなど洋の東西を問 わず学校教育の中で指導されているようです。  課題を「核」に Map で発想させ、これを基に熟考させる中で論理、表現、自 己批判力を鍛え、コミュニケーション力を培う。ここでの主題は、頭の働かせ方 ・脳の使い方を育むこと。これが学業においても好成績に結びつくことを実証し たのがフィンランド教育メソッドであったわけです。その統合学習は、「頭の働 きを統合して学習させる」、「脳の使い方を教える学習」を指している。頭の働 きを教えて「こういう風に使うと良いんだよ」といった「学習方法」の教えが、 ただ「知識」を詰め込んで、ランク付けして「競い合せ」ていく日本のやり方の 3分の2の時間数の実施でそれ以上の結果を生んでいる理由のようです。 この方法では子ども達に「学び方」も育つことになるので自学自習の習慣もつく というわけです。 ようやく新入社員教育で採用されつつある日本とのこの醸成差が顕在化したのが 「読解力」の両国の差と私は視ています。 読解力向上を主眼にした今回の文章題や記述式重視の問題群を上記 MindMap に よる発想力の醸成と比較すると、いかにも安易で構想・展望に欠けると言わざる をえない。  問題Aから一つ例を採る。 問題4 答えが 210 × 0.6 の式で求められる問題を,下の 1 から 4 までの中 から 1 つ選んで,その番号を書きましょう。 (1) 砂糖を0.6 kg 買って,210 円はらいました。 この砂糖 1 kg のねだんはいくらでしょう。 (2) 210 kg の大豆を 0.6 kg ずつふくろにつめます。 大豆を全部つめるには,ふくろはいくついるでしょう。 (3) 1 m のねだんが 210 円のリボンを 0.6 m 買いました。 リボンの代金はいくらでしょう。 (4) 赤いテープの長さは 210 cm です。 赤いテープの長さは白いテープの長さの 0.6 倍です。白いテープの長さは 何cmでしょう。 今回テストは小学校6年生が調査対象だったのだから、もはや大人が選択肢で 誘導すべきでなく、こうした判断は子どもたちが次のような Map を使ってで きるようにすべきであった。 (Map の画像を一度クリックすると出てくる Map の核から枝で伸びているノー ドと呼ばれる四つをそれぞれクリックするともうひと伸びして問題の「量」の 視点が現れます。残念ながら Web サイトにアップした Map は真ん中に縮む傾 向にあり変形してしまう。) このような誘導的出題形式に陥るのは、出題者の日本の教育で「量」の教育を キチンとして来なかったことに対する不安、自信のなさの裏返しではないだろ うか?また、今回の、特に折衷的な問題 B 群を見るにつけ、急ごしらえ、泥 縄式で長期展望に欠ける非効率な施策と観るべきだろう。このことを現実問題 として見せてくれているのが、10年の後塵を拝してでも行いつつある企業教育 における Map 指導の導入ではないだろうか。 下図のOECD/DeSeCoのコンピテンシー(能力)評価政策を見れば、日本の「競 い合わせ」“学力”世界一を目指させる教育行政側や出題者たちの価値の置き 所を疑うのは私だけだろうか? 
OECD/DeSeCoのコンピテンシー(能力)評価政策  このような国際標準も凌駕し健全な自立的批判精神を堅持した未来の働き手 を育もうとする教師・大人たちは(企業家も含め)手を携え、地方自治体を含め 行政側の正しい方向への転換を求めるべきだろう。 「競い合せ」を効率的と考えてきた日本流、実は、非効率であったことを認め 転換させるべきだろう。 私はかねてから本誌で、「帰納・演繹より発想の教育を」「全的思考の教育を」 と書き、また、指導要領が「数学活動を通して創造性の基礎を培う」と記した 後も「発想の技法があるのにそれを教えないでスローガンに終始」と批判して きた。したがって小学生から発想力を醸成するフィンランドのこの「カルタ」 を高く評価する私は講義でも使い学生たちも発案や講義のまとめに使っている。 学生の講義まとめ例 子どもたちには「手書き」が欠かせないが、研究・実践のアイディアや理論的 考察を記録し、蓄え、加工する学生・教師には拡張も容易にできるソフト(本 文の画像は、講義「コンピュターと教育」で常用している GNUソフト FreeMind による)の利用を薦めている。 2)P I S Aの理念はどう歪曲されているか  もう既に理念の歪曲を示す例は挙げたが、もっと典型は、すでに06年12 月実施の「予備調査」に現れていた。報道によれば、予備調査の主旨は07年 4月の本調査の「傾向を周知させる」ことにあったという、だとすれば、「読 解」を求める問題形式や誘導的な回答形式は類題ドリルの雛形で終わる(現に 研修課題として要求されている)。 これではPISAが、出題傾向を教え類題を解かせる風潮が生じないように公 表しない「読解力」問題を設けたり、出会ったことのない現実問題を解決する 能力や数学リテラシーを培うため「現実問題からスタート」を提唱した主旨に 合わない。また、どのような反省に基づいたか公表せずに実施したB問題は、 読解力対策の範疇に収まるものではない。なぜなら昭和20年代の生活単元学 習の失敗の轍を踏まない配慮が欠かせない改編を伴った内容だから。 次に、今回の問題全般に言えることだが、PISA調査では「読解力」が、さ らに2003年から「問題解決能力」がそれぞれ一分野として調査されてきた が、日本の全国学力調査では、国語問題Bや、算数・数学問題Bとして別建てで なく調査した。 ここから次のような疑問を誰もが持つだろう。 * 別建て一分野として調査したPISAの意図は何であったのか、日本の問題B のような形でこのPISAの意図は測られるのか? * 日本の問題B形式は、果たして「読解力」「数学リテラシー」「問題解決能力」 それぞれを調査・評価できるものになっているのか?  * できるとすれば、PISAの「読解力」「数学リテラシー」「問題解決能力」 の違いとはいったい何であったのか? 私は、問題B形式は、中途半端な「問題解決リテラシー」化と捉え、PISA の真意は達成できないと考えている。 「科学リテラシー」調査を中心にしたPISA2006の結果もまた彼らの立場からす れば惨憺たる結果を招いた今、「競い合わせて」世界一をめざすという基調の変 更を余儀なくされているはずである。 さらに、文科省・国立教育政策研の誤訳・悪訳はなぜ起こるのだろうか? PISA(Program for International Student Assessment)を「生徒の学習到達 度調査」と訳すのは文科省・国立教育政策研の誤訳・悪訳という声が多い。アセ スメントの真意は査定、診断、評価という意味であって「学習到達度」という日 本語訳は正しくないというのだ。数学リテラシーについても英語版の<文科省・ 国立教育政策研>訳は  数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業  生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民と  しての生活において確実な数学的根拠にもとづき判断を行い、数学に携わる能  力 としているが、この訳は正鵠を射ていないとして、次のように意訳する対案を示 す人たちが居る。 <小林道正・中央大 数学>  各人が、数学が世の中で果たす役割を認識でき理解できる力、また、きちんと  した根拠に基づく判断ができる力、さらには、建設的で社会問題に関心のある  思慮深い市民として、それぞれの生活をする上で必要になったときその時々の  やり方で数学を使えたり数学にかかわっていける力のことである。 <松下佳代・京都大 認知心理・教育方法>  個人が、建設的で世の中のことに関心をもち思慮深い市民として生きていく上  で必要になってくるさまざまなことがらに応じることができるようなやり方で、  <数学が世界で果たす役割を見分け、理解すること><ちやんとした根拠にも  とづいた判断をすること><数学を使い、数学とかかわること>ができる能力 <寺岡英男・福井大 理科教育・教育方法>  世界の中で数学がどういう役割を果たしているかを見分け理解し、十分な根拠  に基づいて判断し、建設的で知的関心をもって関わる反省的な市民として、生  活の中での必要にかなうようなやり方で数学を使いこなすことができる個々人  の能力をいう。   こうした意訳の違いは、子どもたちに目標を実現するために必要な能力(コンピ テンシー)をどう考えるかということに由来するように思える。それを示すのが、 OECDがPISAをキー・コンピテンシーの一つと位置づける相対視に比べ、文科省・ 国立教育政策研はそうした展望が希薄で、PISAを狭い学校学力問題に貶めて いるように思えてならない。逆説的にはそれだけ学校「教育」に期待をかけ過ぎ と言えなくもない。     OECD/DeSeCoのキーコンピテンシー(能力)観 3)数学的な論理、表現、批判的思考などを日常普段から  「校内研で『読解力、読解力・・・』とオームのように唱え強要されている のだけど、これを算数でつける内容や方法は?」と、職場の混乱を語るのは全 県「読解力向上推進」事業で努力を強いられている石川の教師の声。
          第2図 数学「読解」リテラシー鳥瞰図  第2図の株価大暴落のグラフと公務員給与U Pのグラフは共にメディアの恣 意的な使い方、また、右上のグラフは社会学者の学会報告における間違った使 い方。このような読解力の無さが露呈した誤用、そして数字・グラフを用いた 悪用は多い。数学読解力はこのような数学素材を使った日常普段からの発想や 論理思考、批判的思考、そして表現を抜きに育つことはない。   4)「数学活動」を実体験させる ~ PISAを超えて ~  私はPISA調査問題の弱点、それは今回の学力調査問題にも言えることだ が、「数学を現実的問題に活用できるか」という調査と認知プロセスの提示は できても、その能力を育む具体的な教育「プロセス・カリキュラム」がないと ころに見ている。スローガン的に、大人の作った「言語依存過多の非現実」と 言っている。現場教師の課題はこの克服の取り組み、つまり、身の回りに感じ る不思議や面白さを<根拠のはっきりしたやり方(数学化)を考案して解決す
         第3図 PISAの数学リテラシー鳥瞰図 る>プロセスを実際に行わせること。イメージし易い例を挙げる。 数学マジック本によくある「500円玉が1円玉の大きさの孔を通り抜ける不 思議」。破れ難い紙に1円玉大の孔を空けて500円玉をあてがう、一見して 通りそうにない。ところが、一円玉孔の直径で折って500円玉を押し込む (紙孔を半円周を直線になるように引っぱる)と通過する。なぜか? 1円玉 の直径は2cm、半円周はπcm、500円玉の直径 2.6 cmだから通過する。 数学化プロセスの簡単例 最後に、「どれだけの大きさの玉まで通過するか」一般化することを考える。 次に、二人で行う簡単実験「落ちる一万円札はなぜ掴めない」。一人が縦長に 一万円札の端を摘んで落とす。もう一人が万札の真ん中あたりに指を開いて待 つ。落ちたのを見て万札を掴もうとするが殆ど失敗。その理由は落体の法則と ヒトの視覚情報の遅れによる人間のフィードバック制御の難しさにある。これ を数学化プロセスで明らかにする。  このように日常事象に動作や行動を知的に適用し、数学の論理に導き、そう して獲得した、数学の諸形式を再び具体的事象の解析に適用する、という数学 化プロセスの授業実現。  これが私の考える「PISA超え」の当面の課題です。 5)daVinci Mapのすすめ~ 幼児期から知的好奇心を育む「発想力」の醸成を ~      第4図 学習方略リテラシーを育む改編原則のMap <参考文献>  寺岡英男「「学力低下」を超えたリテラシーの新たな構築ーPISA調査の       提起などを受けてー」(『福井の科学者』100号ユ06.6所収) 谷岡一郎『データはウソをつくー科学的な社会調査の方法ー』(ちくまプリマー新書)  北川達夫他『図解・フィンランド・メソッド入門』(経済界)  キース・デブリン『数学する本能』(日本評論社) 文科省:全国的な学力調査について(冒頭ページの“リンク先”をクリックする)  雑誌『数学教室』並びにPISA各資料は割愛した。