内容の概要

具象・抽象間の階段を昇り降りする抽象思考を教育対象に
  ー ゲーム・クイズ、モデル、そして数学 ー
                 山岸 昭則(石川)

  「われわれがよく問題と呼んでいるものは、われわれの氣を晴らした
  り、創意工夫を呼び起こしたりするパズルに実際はより近い(中略)。
  多くの科学(中略)は根本的にはパズルでしかないものに対する解答
  からつくられている(中略)普通、日常生活に見られる困惑や謎や難
  問といった種類の問題(中略)科学であれ芸術であれ、このような問
  題以上のものに取り組むことはまれにしかすぎない」(ニスペット)


1。導入は学ぶ者に実在感・現実味を感じさせる教材からで良い

 導入は実在感・現実味ある断片からでも、展開、結論は本質的な認識まで
これが私の「新指導要領の学力観・教材観を乗り越えるため」の実践方向で
あり、これを「離散」を素材に報告する。
 小・中教師との話しを総合すると、新学力観お薦めの教材は、荒っぽく言
えば「操作性+楽しさ」らしい。ところで、従来から、全国の高校教師の多
くにはAMI流の教材の隠れファンが案外多い。例えば、三省堂の教科書の
中の教材を、導入でつまみ食いするが、後は教科書通りというようにである。
AMIの教材を見る、このような目と「操作性+楽しさ」教材観は案外近く、
肯定するか、否定するかは別として、かってあった主張、「楽しければ良い」
や「ばかばかしさの肯定」の指導要領への一定の反映と言えなくもない。
 現代化運動華やかりし頃、教師たちは、後日破綻した官制現代化に振り回
された苦い経験がある。その轍を踏まないためにも、AMIは、新学力観の
教材観に惑わされることのない教材づくりの方途を提起すべきだと思う。

街中オリエンテーリング 
碁盤目状の道路に特徴のある北の都・札幌、ここで街中オリエンテーリ
ング(以下、単にオリエンテーリングとする)する(  )名のクラス旅
行を計画した。
 【予想】オリエンテーリングに先立って、「各交差点を何人通過するかを
   前もって予想してほしい」と問われたら貴方ならどうするでしょうか。
  次の二つを守るべきルールとする。
   (1) 分かれ路で左と右のどちらへ行くかを無作為に決める
  (2) 西南に向かい、北や東に逆行することはしない
  無作為とは、「友達が行ったから自分も行く」とか、「見たい店があっ
  たからそちらに行く」等というのではなく、例えば、交差点で棒を倒し
  て倒れた方の道を選ぶとか、コインを投げ、その表裏で左に行くか右に
  行くかを決めることなどをいう。
              
・オリエンテーリングの紙上シミュレーター ー 格 子 ー
 ここでは40人の生徒でオリエンテーリングし、4段目の各交差点を何人
が通過するかということを考えることにする。
 立体的な札幌の町並みを平面地図に、さらに平面図からも不必要なものを
捨てて(捨象するという)、必要な碁盤目状の道路網だけを現わすと「格子」
状になる(抽象するという)。これをモデルに、オリエンテーリングを実際
に行わないで、紙上で模擬実験・シミュレートできる。

生徒用「道路網」
【問題】碁盤目状の道路に特徴のある北の都・札幌、ここで次のルールで街中
 オリエンテーリング(以下、オリエンテーリング)する(  )名のクラス
 旅行を計画した。
   (1) 分かれ路で左と右のどちらへ行くかを無作為に決める
   (2) 西南に向かい、北や東に逆行することはしない
  このオリエンテーリングに先立って、( )段目の各交差点を通過する人
 数を前もって予想してほしい。
  君ならどう方法を思いつくか?

 「友達が行ったから自分も行く」とか、「見たい店があったからそちらに行
く」というようなのを作為という。君なら無作為に行く路を選ぶのにどんな方
法とる?

 このクラスの人数は(  )名。(  )段目の各々の交差点を何人通過す
るだろうか? 最初の交差点の人数は全員であることは誰にでも分かる。しか
しスタートから一段目の二つの交差点では半々だろうか?

 予想を立てるにはどうすればいいかというと、つぎのような数学的抽象の考
え方でオリエンテーリングを実際に行わなくても紙上でできる。
 これを模擬実験(シミュレート)という。

札幌立体図
            ↓
          捨象↓

平面地図

↓捨象

格子

   交差点↓符号化

格子
            

【紙上実験】交差点Oをスタートに、1枚のコインを投げて、表なら(向かっ
て)右へ進み、裏なら左へ進むオリエンテーリングを格子上で実施して下さい。
また表を「1」、裏を「0」としてその表裏の出方を名表横に克明に記録して
下さい。次に、各人が格子で模擬実験した結果を下表に集計して下さい。ニ段
目の交差点の文字には、自分の通った文字に丸印を打ち、一段目の括弧には集
計した場合の予想人数を記入して下さい。三段目で全員の集計をすると、各交
差点を通った人数が分かることになり、予想の当否が分かることになります。
   予想人数    (  ) (  ) (  ) (  ) (  )
   交 差 点   J  K  L  M  N
   全体集計    (  ) (  ) (  ) (  ) (  )
 記録名表は 回覧記入し全員の記録を集計します。
 例えば、スタートしてから4段目の交差点のどこを通るかを調べる場合、4
番目までの数列で通る交差点が分かる。   

 この紙上シミュレートのデータから全生徒がどの交差点を通るか予想を立て
るとき、自分の通る交差点を決めるだけの4段目までのデータでは予想はつき
ませんから実験を続けて下さい。



 子ネコ4匹の性別の分かれ方



  果たしてネコ氏の推論は正しいか。彼の言い分をチエックしてみよう。

 【予想】子ネコ4匹の性別の別れ方に対する貴方の予想を、次の選択肢か
    ら一つ選び符合に〇印を打って下さい。括弧はクラス集計に使うの
    で記入しないこと。                 
         ア.全部同性 イ.3対1 ウ.2対2 
    クラス集計欄  (   )  (   ) (   )


 これは、確率のパラドックス「ネコ家の人々」(M.ガ―ドナ)から抜粋借
用した。
 授業では生徒にこれを原文通り漫画入りで与える。すると、「誰か、4人兄
弟の人いない?」「私の知っている4人兄弟の家庭は3対1だ」「いや私の知
っている家は2対2だ」などと4人の子供がいる人間の家庭の情報を収集し合
う。
 そして選択肢から選んで回答する。これを集計すると、どのクラスでも全部
同性は一番少ないが、3対1と2対2はクラス内の情報交換にも影響されてど
ちらかが多くなる。         
 オリエンテーリングで、札幌の碁盤目状の町並みを「格子」に抽象して考え
たのと同じく、この問題は、4枚のコインをモデルにすると、人間の家庭の4
人の子供の性別の分かれ、という集団(大量)偶然現象を手元でたやすく再現
できる実験に抽象化できる。

2。軽くとも本質的認識につながるゲーム ー抽象化のプロセスを教えるー
【紙上実験】交差点Oをスタートに、1枚のコインを投げて、表なら(皆さん
 から見て)右へ進み、裏なら左へ進むオリエンテーリングを格子上で実施せ
 よ。また表を「1」、裏を「0」として、その表裏の出方を別紙名表横に克
 明に記録せよ。
  次に、各人が格子で模擬実験した結果を下表に集計する。ニ段目の交差点
 の文字の自分の通った文字に丸印を打ち、一段目の括弧にコインを投げた感
 触から全員分を集計した場合の予想人数を記入せよ。三段目で全員の集計を
 すると各交差点を通る人数が分かることになり、予想の当否が分かることに
 なる。記録名表は回覧記入し全員の記録を集計するものとする。
   予想人数      (  )(  )(  )(  )(  )
   交 差 点   J  K  L  M  N
   全体集計       (  )(  )(  )(  )(  )
 皆さんも交差点Oに立って、コインを投げながら表なら(皆さんから見て)
右に進み、1と記録し、裏なら左に進み、0と記録しながらオリエンテーリン
グして頂きたい。すると、次の二人の生徒の記録のような0と1の数列ができ
るはずだ。ただし、これは40交差点を通過した記録である。
    0010000101        1101100010 
    1010010011        0101110100
    1100101111        0011010110
    1000101011        0001101000
 0と1の並びのパターンが同じパターンになることはまずないので、1クラ
スの人数分のパターンができることになる。
 左側の生徒は交差点Lを、右側の生徒は交差点Kを通ることになりますから
それぞれの生徒はL,Kに丸印を打つことになります。
 生徒はこの紙上シミュレートから、各交差点の予想を立てることになります。
ここでも二人の生徒の予想を書いておきましょう。ただし、生徒数40名とし
たときを予想してもらった。
   交 差 点  J  K  L  M  N
   予想人数     (1) (10) (15) (10) (3)
   予想人数     (2) (9) (15) (10) (3)
 2クラスで集計した紙上シミュレートの結果は次の通りである。
   交 差 点  J  K  L  M  N
   全体集計     (0) (10) (17) (9) (1)・・・37名クラス
   全体集計    (1) (11) (13) (11) (2)・・・38名クラス
 なんと予想が近いことでしょう。数学的に計算することになるこの後が興味
津々ということになります。

【4枚のコイン投げの実験】4人の性別の分れも次のようにすると実験できる。
  4人の子供のかわり        ・・・・4枚のコインを投げて
  雄か雌か、一般には男か女かのかわり・・・・表裏の分かれ方を
  家族数のかわり          ・・・・何回も投げて調べる。
 ここでは、40回4枚のコインを同時に投げて、表か裏の分かれ方を記録しよ
う。ただし、記録する時は表が出れば1、裏が出れば0と表わすものとする。

  性別の分れ方の集計  全部同性 2:2 3:1    
 (  )班       ( )  ( ) ( )
  各回毎の記録      1  2  3  4

 皆さんも、実際に、4枚のコインを投げて実験し記録して頂きたい。ここで
もオリエンテーリングのときと同じく、生徒たち(2名一組)の実験データを
1クラス分挙げておく。

 班No.   1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 計 比率
全部同性   8 5 2 3 9 7 7 3 5 6 7 5 3 5 6 2 89 0.125
3:1    19 19 23 21 21 18 20 21 17 18 13 24 21 19 22 29 343 0.5
2:2 13 16 15 16 10 15 13 16 18 16 20 11 16 16 12 9 248 0.355
 回数    40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 40 680

違ったコインで実験したデータの合計を求め、比率を計算することは、本来
ならば正しくはないが、後日の確率計算の参考までに合計し、比率を出してお
く。

3。ベルヌーイ分布・試行と二項分布 ー抽象化のプロセスを教える2ー
 オリエンテーリングの、幾つもの交差点で、左右に分かれる分かれ方や4枚
のコインを何回も投げ、表裏の分かれ方を見るとき、一方に1、他方に0を与
える(コード化という)と、確率分布の中で最も基本的なベルヌーイ分布する
統計的「離散」変数を得ることになる。
 この確率分布に対応づけられる例はいくらでもある。ゲームの勝敗、予想的
中の成否、判断の当否など、その結果の2通りの事象を0、1の変数で表わせ
ば、この分布の形になる。このとき一方の事象を「成功」と呼ぶことがある。
この分布をなす確率実験はベルヌーイ試行と名づけられ、確率モデルの議論の
なかでも重要なものである。
 多数回の試行で、成功したら1、失敗したら0を与えたときのベルヌーイ分
布する確率分布、例えば、コイン投げの実験で、n枚の硬貨、あるいは1枚を
n回投げたとき、表になる枚数を確率変数に見立てると、それは0、1、2、
・・・nと、0からはじまってコインの枚数までの n+1 通りの整数値をとる。
 このようにベルヌーイ試行を一定回数一組としたとき、指定された結果の生
起する回数を確率変数とした確率分布を「二項分布」と呼んでいる。
 この「オリエンテーリング」と「4枚のコイン投げ」にはつぎような共通点
がある。
 (1) 起こりうる結果が二通りに枝分かれする。
 (2) 左の道に折れる確率やコインの表の出る確率が与えられていて、その値、
  がどの時点でも変わらない。
 (3) いわゆる実験回数と呼ばれるもので、オリエンテーリングの場合、各々が
  一つの交差点で左か右かに分かれる毎に一回の実験が行われたと考えて、
  4段目の交差点は実験回数4と解釈する。4枚のコイン投げの場合、表か
  裏かという枝分かれを続けて観察した回数(4枚だから4)である。
 この二つを、その共通している確率的な特性に注目して、実験回数が4、確
率の値が 0.5の二項分布によって説明できる「実験」という。



・街中オリエンテーリングを「数学する」
 オリエンテーリングの紙上シミュレートは以下のように考えると、格子上で
のオリエンテーリングすら行わなくても予測できる。
 まず、札幌駅に降り立ち駅前の交差点Oに行く路は1つしかないので、選択
の余地はなく1通り。はじめの交差点Oからは2つの路のどちらかを選ばなけ
ればならなくなり、左手の路に入るか、右手の路に入るかのどちらかで、それ
らの可能性を1、1と書く。つぎの交差
点C、D、Eに来ると、これまで左の路 1 スタート
を選んだ者だけが左の路に、これまで右 1 1 1段目
の路を選んだ者だけが右の路に入ること 1 2 1 2段目
ができ、その可能性はそれぞれ1。交差 ( ) ( ) ( ) ( ) 3段目
点Bに入るには2つの可能性があり、最 ( ) ( )( )( ) ( ) 4段目
初に左を選んだ人が今度は右と選ぶか、
あるいは最初に右を選んだ人が今度は左を選ぶかの2つだから、この交差点で
の可能性を1、2、1と書く。この数列は、交差点C、D、Eに、それぞれ何
種類の路を通って到達できるかを示していると同時に、交差点を通る生徒の人
数比も表わす。また、 この2段目の可能性の総数は、1+2+1=4=22
と表わせるが、これは道順の数を意味する。
 問題1)4段目の交差点J、K、L、M、Nに対するすべての可能性を数列
    で表わすとどうなるか。また、その可能性の総数をいえ。
   2)10段目の交差点に対するすべての可能性の数列はどうなるだろうか。
    また可能性の総数はどう表現できるか。ただし、5、6、7段目と順
    に求めるのではなく4段目までの数列から予想して下さい。
 交差点Jを通過する人数はパスカルの三角形の最初から4段目までの左端を
通る時を意味するから、                  
 1×(0.5)×(0.5)×(0.5)×(0.5)=6.25%  
 人数は参加者40名だから               O
  6.25×40÷100=2.5               A  B
2、3名を意味する。   C  D  E
 Kを通過する人の比率を求めるには、各     F G  H  I 
段の交差点を J K  L  M N 
  (ア) 左・左・左・右
  (イ) 左・左・右・左 交差点の付号
  (ウ) 左・右・左・左
  (エ) 右・左・左・左
というどれか一つの経路をたどらなければならないから、例えば (ア)の経路をた
どる確率は、左右の分かれ方の確率が同じ 0.5なので、Jと同様6.25%。他の
三つの経路についても同じ値になるから、結局求める比率は、
   6.25%×4=25%
のように求めら、同様に人数計算すると10名である。
 残る三つの交差点の場合も同じ様に求めると
  (J) 1×(0.5)4     = 6.25%  人数2、3名
  (K) 4×(0.5)3×(0.5)1 =25 %  人数10名
  (L) 6×(0.5)2 ×(0.5)2 =37.5 %  人数15名
  (M) 4×(0.5)1×(0.5)3 =24 %  人数10名
  (N) 1×     (0.5)4 = 6.25%  人数2、3名


・4枚のコイン投げの実験を「数学する」
4枚のコイン投げの実験では、起こりうる結果は下記の通りで、上の数字は
コイン番号、左端は結果のカウント数で全部で16通りある。しかし表の枚数
が幾つかという結果でみれば、0から4枚までの5通りしかない。
 各ケースの起こりうる確率の値は、右端の列に示した。
  1234  表の数       確 率
1 1111   4   1×(0.5)4     = 6.25%
2 1110   3   4×(0.5)3×(0.5)1 =25 %
3 1101 
4 1011 
5 0111                
6 1100   2   6×(0.5)2×(0.5)2 =37.5 %
7 1010
8 0110
9 1001
10 0101
11 0011
12 1000   1   4×(0.5)3×(0.5)1 =25 %
13 0100
14 0010
15 0001
16 0000   0   1×    (0.5)4 = 6.25% 
4枚すべてが「表」というのは、交差点Nの通過を考えるのと同じであり、3
枚が「表」とは交差点Mの通過を考えることと同じである。

4。数学の抽象形式を具体化して考えるということ

  「或る数学的学問が経験的源泉から遠ざかるにつれて、ましてそれが
  『現実』から生まれた想念の息吹を間接にしか受けない第2代、第3
  代のものになってくると、その周辺には重大な危険がまとわりつく。
  (中略)一度この段階に達すると、・・その治療の方法は源泉に立ち
  返って・・経験的想念を大なり小なり直接に再注入すること、これ以
  外にはないように思われる」(ノイマン)

 AMI小学校実践には、シェーマを媒介の「量からの抽象」と、算数形式を
「問題づくり」させるというすぐれた蓄積があるが、中学・高校では少なくな
ってしまう。抽象性が深まって難しくなるためだろうが、特に、抽象形式を具
体事例に結びつける後者が甚だしい。            

 本レポートで、街並みから道路網以外の不必要な物を捨象し、「抽象」化し
た格子を使って思考を巡らし、数学形式に到らせ、4人の子供の性別の分かれ
をコイン投げに「モデル」化し、実験したり、さらには、この両者の数学的構
造が同じということを通して「数学」化する等のプロセスを大事にしたのは、
抽象化とその深まりそのものを教える対象にしたからである。
 この個別の対象と、数学形式とを媒介するものとして考え出した、半具体物
でもあり、半抽象物でもある、格子なりコインなりは、最初の個別の具体性を
無視して、抽象的構造が同じ経験的・実際的問題を「数学」化するツールとし
ての役割を果たす一方で、抽象的・一般的な数学形式を格子なりコインなりを
通じて、一種の具体をイメージさせることもできることを意味する。
 そして、この後者の側面こそ、図・式・計算から具体的イメ―ジを奪い、人
を数学の前で立ち竦ませてきた、抽象化と一般化を特徴とする「数学」化され
た対象に、思考と意味を回復させてくれるものにほかならない。

 教科書や参考書にあるさいころ投げやコイン投げ、道順の問題などにはこの
視点はなく、単なる練習問題の一つに位置づけられているに過ぎない。
 ここでは、数学の問題を「格子」に具体化することによって、思考を巡らし、
意味ある解を得るという、数学教育に思考と意味を回復する例として挙げよう。

 「二項式x+yの4乗の展開式の各項の係数はどんな値か」という数学の問
題を例にとろう。 
 「格子」とx、yの二項式はどう関連するのかというと。
 交差点で左に行くことをx、右に行くことをyとし、各交差点での分れ方を
図示すると下図左のようになる。x+yの次数は枝分れする回数を意味するの
で、スタート前は0回、スタートして1回、次の交差点を通過して2回という
ようにである。したがって次図のように表せることになる。

       1     ・・・(x+y)0
      x y    ・・・(x+y)1
  x yx y  ・・・(x+y)2
 x yx yx y ・・・(x+y)3
 x yx yx yx y ・・・(x+y)4

 それでは展開式はどういうことを意味するのだろう。2乗の展開式
2+2xy+y2を表す枝分れがどういう意味をもつかを考えれば分かる。
 スタートから左左と進むと1×x×xつまりx2。スタートから左右と右左
と進むとxyとyx。右右がy2 を意味する。その和である展開式は、次数
のときと同じく枝分かれの回数(頻度)を意味している。
 こうして、x+yの4乗の展開式の各項の係数を求めることとオリエンテー
リングの4段目の交差点に対するすべての可能性の数列を求めることは同じ問
題であり、したがって、下図のように、二項式の累乗計算の各項の係数とパス
カルの三角形の数学的からくりが同じであることも分かる。

      (x+y)0=    1= 1
      (x+y)1=   x+y 1 1
      (x+y)2= x2+2xy+y2 1 2 1
      (x+y)3=x3+3x2y+3xy2+y3 1 3 3  1
   
         二項式の展開         パスカルの三角形


5。離散的確率分布から連続的確率分布へー 一般化と拡張 ー 
 「6人から4人の役員を選ぶ方法は何通り?」、「同一直線上にない6点の
4点を結んでできる四角形は何通り?」などは、組合せ論の初等的問題で一般
的には「異なる6つから4つとる組合せは何通り?」ということになる。
 いずれも
   64=(6×5×4×3)/(4×3×2×1)=15
と計算する。この数学記号64のCは組合せの英訳combinationの頭文字をと
ったもの。
 この組合せ 64もまた、4枚のコイン投げの実験の数学的からくりが、オリ
エンテーリングのそれと同じであったように同じなのです。また、オリエンテ
ーリングの紙上シミュレートから得られる数列(下図左)は、「パスカルの三
角形」として知られているもので、格子の代わりにこれを使って数学記号64
の意味を考えることもできる。
 6つから4つとる組合せとは、4つを「選ぶ」、2つは「選ばない」ことを
意味する。これはオリエンテーリングでいうと、4つの交差点で右、残る2つ
で左、または、4つの交差点で左、残る2つで右の路を行くということと同じ
です。ここで交差点はどこでもかまいません。その一つ、左左左左右右を例に
考えましょう。読者から見て左左左左右右と行くことを、格子まで戻らずパス
カルの三角形を使って、数列で見ると、1、1、1、1、5、15となることが
分かります。また、どこの交差点でもかまいませんから右左左右左左とすると、
数列は、1、2、3、6、10、15となります。
 こうしてパスカルの三角形は、下図右の組合せの数学記号に置き換えてもよ
いことがわかる。

       1 0C0
      1 1 10 11
     1 2 1 20 21 22
    1 3 3 1 30 31 32 33
  1 4 6 4 1 40 41 42 43 44
1 5 10 10 5 1 50 51 52 53 54 55
1 6 15 20 15 6 1 60 61 62 63 64 65 66

 先の二項式x+yの展開は、普通ならば (x+y)0、(x+y)1、(x+y)2
・・・・・ と、順に計算して4乗の展開式は得られるが、10乗とか18乗のよう
に次数が高くなると大変な計算になるので、パスカルの三角形を利用させる指
導になる。しかしこれでもひどく骨の折れる計算だから、パスカルの三角形を
一般化した、組合せnCrの計算をするのがよいことになる。
 ここでは、パスカルの三角形が自然に獲得でき、二項分布に結びつくゲーム
・実験から入ったため、成功の確率が 0.5のものを採用したが、例えば正解一
つの3択テストや3択クイズを素材にすると
   nr(1/3)r(2/3)1-r  (r=0、1、2・・・)  
という一般的な形
nrr1-r  (r=0、1、2、3、・・・,p+q=1)
の二項分布の学びを組織できることになる。
 先に考えた二項分布で、実験回数nが大きくなると、確率の値を正確に求め
ることが困難になる。非常に大きな値と非常に小さな値の掛け算になるからで
ある。これをどう解決するかが課題となる。そしてこれを解決するのが正規分
布曲線を用ることであることを明らかにしたのが、ド・モアブル、ついでラプ
ラス、さらにガウスという数学者たちであった。  
 また、この二項分布の極限n→∞として、ポアソン分布がでてくる。
 このように、どのような変わり種の確率分布も、本質的には二項分布の変形
にすぎないといえることから、「すべての確率分布を理解する鍵である」と言
われる程に実際的にも理論的にも重要な確率分布なのである。


資 料

具象・抽象間の階段を昇り降りする抽象思考を教育対象に
ー新指導要領の学力観・教材観を乗り越えるためにー

◆学んだ以外の問題に出くわしたときに対処できる数学教育を
 戦後日本の転機であった昭和30年代、工業高校を卒業し技術畑の仕事をして
いた私は、わずか3年で大学の工学部を志すことになる。この私の転機となっ
たのは、日本で最初のアルミ車両を造ろうと意気込む優れた技術者に囲まれて
仕事をする自分の数学と力学の力不足を痛感したからであった。
 その頃の数学教育への課題意識は今なお鮮明に覚えている。
 今流に言えば、「はじめに数式ありきで、数学モデルもしくは数学的対象の
形式処理を主眼にするあまりつぎの二点で欠陥を持つ
 @数学以外の数理科学的な実際問題を数学化する、といういわゆる数学の
応用の教育に十分でない
 A我々に数学的手段が十分でないため、どのようにして数学的にアプロー
  チしてよいかわからない諸現象に対処する教育に十分でない」
というものであった。
 残念ながらと言えばよいのか、当然ながらと言えばよいのか、大学でも応え
てもらえず、数学史をはじめ科学史、科学技術論を渉猟するに止まらず、認識
論に哲学まで手を伸ばし、その挙げ句の果ては数学物理学科へ転科したが応え
てもらえなかった。
 今にして思えば、世界的に、数学や数学教育がこの課題に応えるものになっ
ていなかったから、ポリアやノイマンをはじめとする、数学の生いたちや、そ
の経験的源泉回復を説く識者が多くいたのだろう。

◆具象と抽象間の階段を昇り降りする抽象思考の教育を
 与えられた課題が、具象的・経験的なものであれ、抽象的・数学的なもので
あれ、まずもって要求される能力は、抽象と捨象によって、具体的なものを捉
えたり、具体的な事柄の中から、共通項として整理できることをまとめるなど、
人間誰しもが行う「抽象」化という思考と、その逆の、抽象形式を具体的な事
例に結びつけて考える「具象」化という思考の二つの側面を内容とする”抽象
思考”だろう。
 ところが、識者が良く言う抽象思考には受けた教育の影響で具象化の過程が
欠けていることが多く、教育に携わる教師たちもまた、そこから免れることが
できず、抽象思考、とりわけ抽象概念を気の利いた具体事例と結びつけて教え
ることを苦手にする者が多い。
 この具象・抽象間の階段の昇り降りという知的活動を図式化してみる。

      → 数     学     化
         → 第1次抽象 → 第2次抽象
↓ ↓ ↓
  経験的・実際的問題 ⇔ モデル・シェーマ・イメージ ⇔ 数学形式・問題
↑ ↑ ↑
第2次具象← 第1次具象 ←
        解 釈  ・ 翻  訳 ←   

◆豊かな想像力、構想する力を育む教育を
 抽象思考を養うことは、単に応用の教育が足りないとか、大学教育前では不
可能な教育という以上の課題を含んでいるように思う。なぜなら、学んだ以外
の課題を処理していく能力は、課題に応じて、その核心部分を速やかに見抜き、
的確に創意・工夫を発揮できる「実際性」だろう。そして、そこでは、想像す
る力、あるいは、もっと大きな構想する力とその表現が求められるからである。
 これを育むのは、幼少の頃から長い期間を通じて行う、小さな疑問、小さな
問題を巡って行う抽象思考の積み重ねによる醸成・発酵をおいてないだろう。

◆抽象思考を教えない教育は教育に値しない
 数学モデル、もしくは数学的対象の形式処理を主眼にする、料理本的、公式
あてはめ的な数学教育をいくら積み重ねても、せいぜい解けるべく設定された
問題を解く能力しか身につかない。こうした意味から、抽象思考を教えない教
育は教育に値しない。意味があるとすれば、ノイマンの言う、経験的源泉に立
ち返り、経験的想念を再注入する具象化の教育素材としての存在である。
    


内容の概要

具象・抽象間の階段を昇り降りする抽象思考を教育対象に
             石川 山岸昭則
新指導要領の学力観・教材観を乗り越えるために
 「離散」の数学を素材にして私が提起したことは次の4つであった。
1)できない子はそれに終始させ、できる子にはより程度を高く、という差別・
選別体制の固定化を現場で促進する「操作+楽しさ」強調の指導要領「数学」
、それへの「感情」的批判に陥らず、それを許さない教材づくりをしよう。
2)そのためには、「われわれがよく問題と呼んでいるものは、われわれの氣
を晴らしたり、創意工夫を呼び起こしたりするパズルに実際はより近い・・。
多くの科学・・は根本的にはパズルでしかないものに対する解答からつくられ
ている・・普通、日常生活に見られる困惑や謎や難問といった種類の問題・・
科学であれ芸術であれ、このような問題以上のものに取り組むことはまれ」
(ニスペット「想像力の復権」)という程に大胆な数学・学習観の転換が必要。
3)生徒たちにとって現実味・実在感を与えるゲーム・クイズもどきの教材を出発
に、パスカルの三角形を経て二項分布に到る数学活動を例示し、「体系」にこだわ
らず、断片から出発しても本質的認識に到り得ることを主張した。
4)そこで最も強調したのが、数学教育で、具象・抽象間の階段を昇り降りす
る「抽象思考」を教育対象にしようということであった。

     →→→ 数     学     化 →→→
     ↑ →→→ 第1次抽象 → 第2次抽象 →→→ ↓
↑ ↑ ↓ ↑ ↓ ↓
  経験的・実際的問題 ⇔ モデル・シェーマ・イメージ ⇔ 数学形式・問題
↑ ↑ ↓ ↑ ↓ ↓
↑ ←←← 第2次具象← 第1次具象 ←←← ↓
     ←←← 解 釈  ・ 翻  訳 ←←←   

 識者が抽象思考を言う時、受けた教育を反映して具象化の過程を欠くことが
多い。教師も例外でなく、抽象思考、とりわけ数学形式・問題を気の利いた具
体事例と結びつけて教える具象化(解釈・翻訳)を苦手にする者が多い。

豊かな想像力、構想する力を育む「抽象思考」の教育を
 「或る数学的学問が経験的源泉から遠ざかるにつれ、ましてそれが『現実』
から生まれた想念の息吹を間接にしか受けない第2代、第3代のものになって
くると、その周辺には重大な危険がまとわりつく。・・一度この段階に達する
と、・・その治療の方法は源泉に立ち返って・・経験的想念を大なり小なり直
接に再注入すること、これ以外にはないように思われる」(ノイマン)
 数学モデル、もしくは数学的対象の形式処理を主眼にする数学教育をいくら
積み重ねても、せいぜい解けるべく設定された問題を解く能力しか身につかな
い。意味があるとすれば、ノイマンの言う、経験的源泉に立ち返り、経験的想念を
再注入する具象化の教育素材としての存在である、と言うのは言い過ぎであろ
うか。
 数学の問題を、街中オリエンテーリングから抽象化した教育モデル「格子」
に具象化することによって、思考を巡らし、意味ある解を得るという試みを例
示した。例えば、「二項式x+yの4乗の展開式の各項の係数はどんな値か」
という問題ならば「格子」とx、yの二項式はどう関連するのか。。
 交差点で左に行くことをx、右に行くことをyとし、各交差点での分れ方を
図示すると下図左のようになる。x+yの次数は枝分れする回数を意味するの
で、スタート前は0回、スタートして1回、次の交差点を通過して2回という
ようにである。したがって次図のように表せることになる。
       1     ・・・(x+y)0
      x y     ・・・(x+y)1
   x y x y  ・・・(x+y)2
 x y x y x y ・・・(x+y)3
 x y x y x y x y ・・・(x+y)4
 展開式はどういうことを意味するのだろうか。2乗の展開式x2+2xy+y2
を表す枝分れがどういう意味をもつかを考えれば分かる。
 スタートから左左と進むと1×x×xつまりx2。スタートから左右と右左
と進むとxyとyx。右右がy2 を意味する。その和である展開式は、次数
のときと同じく枝分かれの回数(頻度)を意味している。
 こうして、x+yの4乗の展開式の各項の係数を求めることとオリエンテーリ
ングの4段目の交差点に対するすべての可能性の数列を求めることは同じ問題で
あり、したがって、下図のように、二項式の累乗計算の各項の係数とパスカルの
三角形の数学的からくりが同じであることも分かる。
      (x+y)0=    1 1
      (x+y)1=   x+y 1 1
      (x+y)2= x2+2xy+y2 1 2 1
      (x+y)3=x3+3x2y+3xy2+y3 1 3 3  1
         二項式の展開           パスカルの三角形
 学んだ以外の課題を処理していく能力は、課題に応じて、その核心部分を速や
かに見抜き、的確に創意・工夫を発揮できる「実際性」だろう。そして、そこで
は、想像する力、あるいは、もっと大きな構想する力とその表現が求められ、こ
れを育むのは、幼少の頃から長い期間を通じて行う、小さな疑問、小さな問題を
巡って行う「抽象思考」の積み重ねによる熟成をおいてない。
こうした意味から、「抽象思考」を教えない教育は教育に値しない。